特集記事

FEATURE
Pocket

この出版不況にできることとは・・・?

ポプラ社さんから、『口に関するアンケート』が9月4日に発売されました。
『近畿地方のある場所について』で人気のホラー作家、背筋さんの作品です。発売日から2か月で18万部突破しました。

書店で見かけられた方、手に取られた方はどう感じられたでしょうか?
この小さな本に実はたくさんの仕掛けが込められています。
そのヒットの裏側をデザイン担当の村山がポプラ社編集担当 末吉亜里沙さん、元ポプラ社営業担当 藤田沙織さんに伺いました。

※物語上のネタバレはありませんが、本の仕掛けなど内容に触れていますので
仕掛けを存分に楽しみたい方は、書籍読了後の閲覧をおすすめします。

社内で起きた現象

村山 今日はありがとうございます。進行がちょっと不慣れなんで「おいおい」って思ったら突っ込んで込んでいただければと(笑)。

藤田 いえいえ、そんな全然(笑)。

村山 まず本ができるまでのところでお伺いしたいんですが、最初は確か去年の春くらいに、スタッフの築地が末吉さんとお仕事をしていた頃ですかね。背筋さんの『近畿地方のある場所について』がWEBで話題になっていてすごくおもしろいと雑談していたのがきっかけみたいで。

末吉 そうです、築地さんに教えていただいて、読んだらとてもおもしろかったので背筋さんにお声がけさせていただきました。スケジュール的に長編は難しいとのことでしたので、それではぜひ弊社文芸誌WEB astaに掲載する短編はいかがでしょう? とお願いしたところ、いいですよとおっしゃってくださったんです。それから最初にいただいた原稿がすっごくおもしろくて、皆に話したら編集部内ですぐに何人も読んでくれて。そうしたらその後、みんな「私も読みたい」とか「読んだよ」って社内で回し読み現象みたいなのが起きたんです。で、読み終わったら「これってどういう意味なんだろう」って考察合戦が始まって。

村山 普段からそういう回し読みとか、考察合戦とか、社内で広がるっていうことはあるんですか?

末吉 原稿を編集部や営業と共有しあうことはありますが、長編だと渡してから積読になったり、読み終わるまでのタイムラグが結構あるんですよね。でもこれは短編なので、みんな渡すとすぐ読んで。まずその現象が藤田とおもしろいねって盛り上がって。その頃ちょうど社内で「この出版不況に何か面白いことできないかな~? 新しい本の形とかないかな?」ってずっと話してたんですよ。その時に、たとえば短編をちっちゃい本でとか、従来の本の形に囚われない変わった形の本ってあるんじゃない? とか、いろんなアイデアが出ていたのを、藤田が今回の本でやろうよ、絶対面白いよ! と。「これを短編のミニ本でやったらいいんじゃない?」と言ってくれて。

村山 急にこの判型でやろう! みたいな話ではなく、もともと普段から話されていたことがちょうど結びついたっていう状態だったんですね。

末吉 それでまず背筋さんにご相談しました。もともとWEB asta用に書いてくださったものなので、急に紙書籍でやりたい! という話になると趣旨が変わってしまうなと思い、編集部内での背景も含めて、率直にご相談してみたんです。そうしたらありがたいことに「とてもおもしろいですね」とおっしゃってくださって、じゃあってことで、ミニ文庫のイメージを形にしていきながら束見本を作ったりして、早速見積もりを取りました。

村山 ご依頼いただいただいたときにはすでにこの判型で、結構チャレンジングだなと思ってました。見慣れないサイズだから目立つ可能性もあるけど、小さくて埋もれてしまうかもしれないし、帯もつかないので受け取れる情報は少なくなるし。そこをどう補うのか? ということでデザインを考えていった感じがします。

▲ 四六判単行本、文庫と比しても明らかに小さい『口に関するアンケート』
 

見え方の追求

村山 ラフ案を作成させていただいたときは、結構難しくて(笑)。

末吉 ですよね、選ぶのも難しかった(笑)。

村山 今の装丁は、中身の説明的な要素を求められることが多いですよね。どんな人物がいてどんなことが起こって…っていうヒントをたくさん散りばめるような。特に昨今だとどういう話なのかがわからないと買ってもらいづらいところがありますが、今回、最初の打ち合わせから情報はあんまり出さない、得体の知れない感じでっていう話をしていました。普段の作り方とは逆ですね。なので、ラフ案は方向を絞っていくよりかは、可能性を探る方向で広げていくように作ったのですが、ご覧になったときの印象はどうでした?

▲ 本文内容が音声データであること、また判型がカセットテープのサイズと近いことなどからカセットテープを模したデザインを提案
 
▲ 口をアイコニックに使う案、また背筋さんの著者名を大きく出す案なども検討している
 
▲ 口にフィーチャーしつつ、口=災いを連想させるもの、サスペンス的なビジュアルなども
 
▲ 従来的なホラーイメージに近いものから、デザイン的なものなど様々に検討
 

末吉 当初は奇妙よりは“the 怖いホラー”、”エンタメホラー”を目指したい、ただ極力シンプルにしたいっていう話をしてて。あとやっぱりタイトルが効く感じ。村山さんの方では「音声データの話なので、カセットとかどうですか」ってご提案をいろいろな方向性で出してくださって、カセット案もアイデアとしてはすごいおもしろいねって話をしてたんですけど、編集部で今の若い人は、カセットが分からないかも、という話が出たりして。で、そこからまずは口がモチーフでとか、黒っぽい色がいい! とか、いろいろブラッシュアップしていこうとなりました。

▲ 当初は赤×黒のテクスチャに、よくみると首吊りしている人物がうっすら浮かび上がるようなものを検討していた
 

村山 黒や赤がやっぱりホラーの王道なのかなっていうところですね。ぱっと見シンプル、怖い、 暗い、よく分からないっていう、一旦はそういう方向で進んでましたね。それが途中で方向転換することになりましたが、その辺りのきっかけをお話いただけますか?

末吉 ある程度コンセプトを固めた状態で背筋さんにラフ案をお見せして、こういう方向で詰めていきたいと思ってますっていうお話しをしつつ他の案もお渡ししたら、別案の方を見て「これがいいかも」っておっしゃって、なるほど! と。正直、私たちの中で最初、こういう方向性は考えていなかったので、意外に思いました。奇をてらいすぎてる、というか、インパクトありすぎる、というか。でも背筋さんが「やりたい方向性はわかるのですが、僕はホラーっていうより、 奇妙とか違和感、気持ち悪さのようなキーワードを大事にしたい」っておっしゃって。そこで、腑に落ちた感じがしました。藤田ともいろいろ話して「どれが正解かはわからないけど、振り切った方がいいんじゃないか」って。せっかく背筋さんがとっても怖くて魅力的なホラーを書いてくださったのだから、今回はその意図にできるだけ沿ったものを実現させたい、と方向性が変わっていったんですね。

藤田 正直どうパッケージしていったらいいか分からなかったよね(笑)。

末吉 もともとの企画の立ち上がりの時の気持ちに立ち戻ったときに、これはそもそも背筋さんが仕掛けてて、作品が超おもしろいと。だったらそこにかけてみようと。

村山 大きかったのは、背筋さんご自身が自分の作品を客観的に見ていらっしゃって、作品の立ち位置だったりとか、どういうものを打ち出せば 一番効果的なのかっていうのを把握していらっしゃったってとこなのかなと。こちらの案に決まってからも結構細かい調整はかけていきましたよね。ホラーとしての「嫌な感じ」、書店でのインパクトや違和感は出しながらも、手に取れるギリギリの不快感というところで。

▲ 口のアップ写真案で方針がかたまり、タイトルの置き位置や大きさなどを細かく検討していった
 

藤田 人の口って気持ち悪いんだなって思ったよね。読者の方が手に取るときに、あんまり気持ち悪いとためらってしまうかも、というのもあってそのあたりを末吉さんと塩梅を探っていった気がします。

村山 そんなお話もあって、もともと口が全面に見える形だったのを、タイトルをど真ん中に持ってきて、絵より先にタイトルを見てもらうことで、絵の気持ち悪さを少し抑えたり。ただ抑えすぎるとインパクトがなくなってしまうので、大きさの違うものを何パターンか出しました。

末吉 やっぱり書店で見たときにまずちゃんとタイトルが目に入って、まぁ見れば口だってことはわかるから、そのバランスと、あと村山さんと何回かやり取りさせていただく中で、スタイリッシュなデザインよりかはちょっと「雑さ」っていうか、よい意味で作り込まない、みたいな所を探っていった気がしますね。

村山 この口の画像も何かの印刷物を拡大コピーしたような粗さがあって、トリミングも乱暴な感じにして。それがどこか出所不明な感じ、得体の知れないような怖さになっていると思います。ここらへんの雑感とか奇妙さも行きすぎると、不快感の塊になってしまうので(笑)。

末吉 そうそう、わざとそのあたりもね、凝ってますよね。あとやっぱり違和感があるこの「口」が勝負だなと思ったんですけど、これは藤田や編集部でカタカナの「ロ(ろ)」に見えるんじゃないかとかいろいろ意見をもらって。村山さんに相当なパターン、出していただきましたよね(笑)。

村山 いろいろ出しましたね。たしか「口」と他の文字が同じ書体だったものは、カタカナの「ロ(ろ)」に見えますっていうことだったので、「口」をいろんな書体で試したんですが、やっぱりどれも「ロ(ろ)」に見えてしまうって言われて(笑)。でも結果的に良かったのが、筆文字に近い感じの書体にして、これはさすがに「口」に見えますよねって出したら、その合わせが気持ち悪くて(笑)。

藤田 みんな言ってましたね、書体が気持ち悪いとか、揃ってないとか(笑)。

村山 タイトルをちゃんと読ませるとか、「口」が「ロ(ろ)」に見えないようにとか、可読の部分を追求していったら違和感が生まれて、それが逆にいい作用をした感じで、そこもおもしろいですね。

藤田 表4のセミもよくよく見ないと気づけないですしね、ほとんど。

村山 そうそう、セミの出し方も色校何回出したのかなっていうくらい……。本文も含めていろいろ仕掛けのある本だったので、表4にも何か仕掛けを入れたいですねって。ぱっと見には見えないけど、よく見たら見えるかもくらいでセミの大群入れてみましょうかって。で、色校を出したら出したで、このセミの見え方がめちゃくちゃ難しい……。なかなか思ってる見え方にならなくて。データ上1%の違いでこんなに見えすぎたり見えなさすぎたり変わるんだっていう……。

▲ カバー表4の仕掛け、色校初校時(左)では見えすぎてしまっているアレ
 

藤田 この色校だとめっちゃ見えるね。へぇー、こんな柄なんだ、気持ち悪!(笑) いやですね、ここまで見えると。

村山 最終的に出したのがこれですが、私はもう見慣れているから、これでも見えすぎじゃないですか? って言って。セミが入ってることを知らない人たちが見たら、これくらい見えてないとわからないんじゃないかっていうことで決めて。でも本チャンは印刷の具合でもうちょっと見えない感じに仕上がってた(笑)。

末吉 中の紙面もグレーっぽい沈んだ感じに地色を刷りましたね。本文も最初「木」と「口」と「杏」の漢字だけ赤くするって案もあったりして。それおもしろいですねって話してたら、途中で背筋さんがいいアイデアを思いついたっておっしゃって。こちらはぜひ実際に本でご確認いただきたいのですが、ある仕掛けをしてありまして……それが超怖くてめちゃくちゃ面白い! ってなりました。赤を使った箇所があるんですけど、それも乾いた血の色に近づけたくて相当出しましたよね。

村山 それも画面で見てる色と刷り上がった色が少し違うので、結局色校を出さないとわからないですねって何回も検討しました。アンケート部分も、血痕を飛ばすとか、紙をくしゃくしゃにしたようなテクスチャーを入れるとかいろいろ作りましたが、やっぱりこれはやりすぎかもと引いていって、最終的にあの形に落ち着きました。

▲ アンケートページの案。実際にクシャクシャにして捨てられたアンケート用紙のように紙のしわや破れのテクスチャ、血痕などをいれている。これはやりすぎとして没にした。
 

末吉 地色は最後のアンケート部分と途中で一回背景の地を白く抜いてもいますね。いろいろと芸が細かいつくりになっております!(笑)

村山 暗転の逆のような。その辺りも読んでもらう人に考察してもらうための仕掛けが本当にふんだんに入っている感じですよね。

後編へ続く!