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広告デザインで10年のキャリアを積んだ後、ブックデザイナーとして新たな道を歩み出したきっかけを探ります。

-村山さんと本、そしてデザインとの出会いはどのようなものだったでしょうか?
 
様々なメディアがあるなかで、そもそも本の手触りというか、そういったものが好きだったんです。子供時代は休み時間も本を読んでいるようなタイプでしたし、デザインへの興味も本の装丁から始まったもの。美大出身なのですが、就職活動はデザイン事務所だけじゃなく、書店も受けました。それぐらい、とにかく本が好きでした。
 
-それで、bookwallに入ったんですか?
 
いえ、実は最初に入ったのは印刷会社のデザイン部署でした。ブックデザインをやりたいという気持ちはあったのですが、未経験の新卒で入るのは難しい世界だと思っていたので…。その会社では10 年ほど、百貨店や美術館、学校関係の広告デザイン を中心に取り組んでました。bookwallに入ったのはその後です。
 
-10年もキャリアを積んでからだと、なかなか勇気のいる決断だったと思いますが…。
それほど迷いはなかったですね。どちらかといえば、やりたかったことをやらずに終わるより、飛び込んでみたいという気持ちのほうが強かったです。ほかの分野で10年やったからこそ活かせることもあるのではないかと。
-なるほど。入社後、広告と本のデザインの違いを感じる部分はありましたか?
 
根本的な考え方やアプローチの方法は変わらないのかなと思いました。本も広告も、情報を魅力的に伝えるという点では一緒ですよね。
ただ、デザインの精度については大きく変わったと思います。広告は一過性のものがほとんどで、瞬発力やインパクトは重要ですが、後々に残っていくことをそこまで重視しません。それに比べて、本はそれ自体が『商品』でもあり、著者にとっては『作品』のパッケージでもあります。買った人の手元にずっと残っていくものなので、純粋にデザインの精度を上げる必要があるなと思いました。
 
-デザインの精度はどのように上げていったのでしょうか?
一番は編集者の方とのコミュニケーションだと思います。作品の細かなニュアンスを表現できているか、書店に並んだ時にどう見えるのか、読者がどのように感じるか、手に取る仕掛けを作れるか。何度もやりとりする中で細かな部分を詰めていくことで、デザインのレベルを上げられるようにはなってきたかなと思います。もちろん、まだまだ未熟な部分もあるので、今後もっと勉強していかないといけないところでもあります。

あとは情報収集というか、どんなものが流行っているか、世の中がどんな方向へ進んでいるのかを掴んでおくことも大切だと思っています。この仕事は一冊の本と向き合う時間が長いので、思い入れが強くなる反面、「思い込み」にもなってしまいがちなんです。やっていることが本当に効果的かどうか、冷静に見極める必要があります。だから自分の世界に入り込みすぎず、客観的な視点が持てるように、話題になっているものは見ておきたいなと思っています。

-流行や時代の空気感からヒントを見つけるということですか?
 
そうですね。みんなが気になっているものには、それなりの理由があるはずなので…。 ちなみにいま注目しているのは、韓国のファン文化です。これは自分の好みの話でもあるんですけど(笑)。ファンの応援の仕方が独特で、ファンが出資して広告を出したり、アイドルの名前で森林を造園したり、寄付をして学校を作ったりと…。日本ではあまり考えられないことですけど、向こうのファン活動は、CDを買ったりコンサートに足を運んだりといった消費活動とは別に、アイドルや俳優の社会的認知を高める方向に向かっていて面白いんですよ。宣伝やプロモーションをファンが担うというか。それによって人気が出ると芸能人自身の活動が活発になり、ファンにも還元されるんです。先頃、日本でもクラウドファンディングによる映画制作が話題になりましたが、ファンがものづくりの一面を担う、作り手が受け手をプロモーションに巻き込んでいく、そういった仕組みと少し似たところがあるかもしれません。
本も、一方通行ではなく、作り手と受け手が、手を組んで盛り上げていける部分があるように思います。 そんなふうに、色々な動きや情報にアンテナを張りながら、デザインに活かせる部分があれば取り込んだりして、『本』の世界を盛り上げていく新しい方法を模索していけたらと思っています。
デザイナー 村山 百合子
1981 年生まれ。愛知県立芸術大学美術学部デザイン学科メディアデザイン専攻卒。印刷会社のデザイン部で百貨店、美術館、大学関係などの紙媒体を中心に企画・編集・デザイン制作に10 年程携わる。好きなジャンルはミステリー。