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FEATURE

前編では、どういう道のりを経てbookwallを立ち上げるに至ったのかを掘り下げていきます。

-昔から装丁や本のデザインには興味があったんですか?
 
実は本をデザインする職業があることすら知らなかったんです。イラストレーターに憧れて大学に入ったくらいで…。その頃は日比野克彦さん、タナカノリユキさんたちがイラストとアートのボーダーを超えていこうとしていた頃でした。80年代から90年代後半にかけての、日本グラフィック展とアーバナートというコンペが盛り上げていた感じでした。これからイラストの新しい時代が始まるんだ!と、興奮していたんです。 大学ではデザイン学部のビジュアルコミュニケーション学科というところに入ったのですが、イラストを描かせてはくれないんですよ(笑)。そもそも、デザインを勉強するところですからね。2回生の時に、学校をやめようと思っていたんですが、友人から連絡があり、強引に引き止められました。授業のない時間はイラストを描けばいいじゃないか?と。そこから考えが変わり、卒業まで毎日描き続けました。一握りの人たちしかイラストでは食べていけない事実を知ったのもその頃です。ほんとうに将来どうするかを、真剣に悩んでいましたね。そんな時に大学の図書館でなにげなく手に取った本が、世界のグラフィックデザイナー100人という本でした。
 
-なぜ、その本を手にしたのでしょうか?
 

色々悩んではいましたが、活躍している凄いデザイナーの人たちと同じ土俵で勝負したいという気持ちがあったんです。凄い人に会いたい、凄い人の仕事を見たい、凄い人のことを知りたい!と…。その本を開いてみるとそこに地元関西で活躍されている松井桂三氏というデザイナーがいたので、この人に会おうとすぐに電話番号をひかえ、大学の公衆電話から、後先考えず電話をかけていました。私が就職したいことを伝えると、少し前に募集を締め切ったことを伝えられたのです。残念でしたが、でもどうしても会ってお話がしたいと言い続けたんです。その数時間後には、松井桂三氏のデザイン事務所に行くことになりました。持っていったのは、B3の作品ファイルを3冊A4の作品ファイル5冊でした。ほとんどがイラストとデザインもどきの作品でした。見てもらっている時間は、もう不安と緊張しかなかったですね。松井さんはため息まじりで、「多いな、多いな…」と手を左右にぶらぶらと振りながら言うので、不安と緊張は増してきますし、松井さんの顔も険しくなっていくので、逃げたくてしかたありませんでした。すると、「松くん、今日から来られる?」と突然言われ、「無理です。今日は用事があって…」と思わず言ってしまって…。緊張の度を越していたんでしょうね(笑)。 デザイナーの現場を初めてみた場所です。短い期間しかいませんでしたが、とても勉強させていただきました。でもよく怒られていましたね…。ディレクターの荒木さんには特に…。その頃は、内トンボや外トンボ、級数という言葉すら、何もわかっていない状態ですからね。

 
-それをきっかけに、本のデザインを始めたということでしょうか?
 

それがまだなんです。実家の近くのコンビニで、某CD-ROMマガジンを手にとったことがきっかけで東京に上京することになったんです…。マルチメディア会社のデザインをすることになりました。ゲーム会社に近い仕事内容でした。今でいうVR(バーチャルリアリティ)や3Dの仮想空間をデザインする仕事がメインで、成長分野だったこともあり、かなり忙しかったのを覚えています。徹夜が続くのはあたりまえの環境で数年働きました。そんな状況なら、痩せていくと思われるかもしれませんが、その逆で10kgほど太りました。今はさらに10Kg増です(笑)。その頃は、いつも頭の中はフワフワした状態でしたね。 ある時、本屋に行って本をずっと眺めていたところ、「本を作るデザイナーがいるのだろうか?」と思ったんです。それまでは出版社内部で編集者がデザインを手がけていると思っていたので…。その時にようやく気づくことができたんです(笑)。そしてすぐにデザインの仕事を新聞や雑誌で探したのですが見つからず…。そんな時に、出版業界電話帳というものを手にしたんです。 今のように簡単にウェブなどで検索できる時代ではなかったので仕方ないのですが、それがよかったのかもしれません。とにかく気になる表紙で、これが電話帳?って。装丁は田島照久さんがデザインされていたと思います。

 
-また1冊の本に助けられたわけですね。
 
そうですね。結果的なのですが、本によって導かれてきているというか…。何も情報がないものですから、発行している出版社になんとか情報をもらわないとどうしようもないなと…。仕事を辞めて、貯金をたよりに半年かけてプレゼン用の作品を作りました。今まで一緒に仕事していた仲間と共同生活しながら半年で100点を目標として制作しました。最終的には100点以上にはなりましたが厳選して自信のあるものを60点くらいファイルにまとめ完成させました。本のデザインの知識がまったくない中で作るものですから試行錯誤しながらの日々でしたね。
完成後は、出版業界電話帳で気になるところを片っ端に電話をかけてアポをとりつけました。会ってはくれるのですが、どこに持っていっても「これは本のデザインじゃない」と一蹴されてしまうんです。ほんと甘くなかったですね。ここで終わってしまうと半年間無駄に終わるので、どうにかして仕事に繋げないとという気持ちで必死でした。一方でイラストレーターとしては使いたいと評価してもらうところもあったので、お願いしますと(笑)。ほんと首の皮一枚で繋がっていた感じがしていましたね。
 
-最初に抱いていたイラストレーターという夢が、意外な形で叶ってしまったわけですか…。
そうですね。ですが、その頃にはデザインをやろうと決めていたので、イラストを描きながら、なぜ自分の作品はデザインとして見てもらえないのか?また、どういったものが装丁に合うデザインなのかをじっくり研究することにしたんです。編集者さんとコミュニケーションを重ねていくうちに、少しずつ感覚が掴めてきました。その後、また作品を作り直して出版社に電話をかけたんです。 印刷物や文字でわからない指定などをその後、STUDIO VOICEやGQのディレクターにその後なった友達に教えてもらったことは、これで本格的に始動できるかもしれないという自信に繋がっていました。その時のプレゼンは、それまでとは違い感触も良くて、その場で仕事を依頼してくださる方もいたほどです。それをきっかけに、フリーランスのブックデザイナーとして仕事をいただける機会が増えてったんです。
 
-ブックデザイナーとしての第一歩を、自らの売り込みで掴んだんですね。
 
それでも、フリーになった最初の3年間は食べていけなかったです!「一般受けしない、マニアックなデザインだ」なんて言われていました(笑)。まだ数冊くらいのデザインしか手がけていない時、伊坂幸太郎さんの陽気なギャングが地球を回すというノベルスをデザインできたことで今までの状況が一変しました。その頃の伊坂さんは新人作家さんでしたので、若さやポップさのようなものを織り交ぜながら、好きなように作ってほしいというものでした。できあがったデザインは、その当時にはない雰囲気のポップさを売りにした、色味もタイトルも押し出しの強いものになりました。ノベルスが売れなくなってきている時期でしたが、その本はヒットしたんです!今でも平台で置いてくれている書店さんがあるのは、本当に嬉しいですね。10年以上にもなりますし、累計180万部売れましたからこの本に宣伝してもらった感じです。仕事が増えたのはそれからですかね…。
 
-ヒット作を手掛けた後は、周囲の反応も変わりましたか?
 
嬉しい反面、同時に葛藤もあったんです。イメージが固定化されるというか、「ポップなデザインが得意な人」と認識されてしまったのか、ポップなデザインでの依頼しかこなくなってしまって…。やがて、依頼は少なくなっていったんですよ。一つのイメージを頼りにすると、そのブームが去ったときのリスクが大きいものだなと実感しました。そこで今度はポップなものや王道感を交ぜながら、ハイブリッドなものをファイルにまとめて、出版社にプレゼンをしなおしたんです。
 
-ポップなデザインだけじゃないんだ、というアピールですね。
 

そんな時、転職した編集者さんから電話が入ったんです。雑誌がメインのところだったこともあり、書籍の部署がないというので、実験的にビジネス書を立ち上げたいんだと…。そして、装丁を一冊お願いしたいと言われました。即答でやりますとお返事をしました。ゲラを読んでみると、人の心理を簡単に操れるような内容で怖そうな本だなとイメージでした。できるだけ内容を色やビジュアルをわかりやすく表現したほうがいいのではないかと考えた結果、悪魔をイラストに使った、書店で目立つ黒と明るいオレンジを組み合わせた色味でデザインをしたんです。編集内部では受けが悪かったようです。それはそうですよね。その当時、書店では白い色味のカバーやクリーンで信用性の高いデザインのものが多かった時ですから。でもその編集者の情熱で、紆余曲折ありながらも逆行したデザインで出すことできたんですよ。ほんと編集者と一緒に喜びました!そして、それがまたヒットしたんです!その本がきっかけでビジネス書のデザインも依頼してくれるようになったんです。王道ではなく、ビジネスでもポップでインパクトのあるビジネス書のデザインの人という扱いですが…(笑)。デザインの幅を広げるためには、微調整を繰り返しプレゼンするしかないことを知るきっかけでしたね。そんなことを何度も繰り返しているうち、いつの間にか幅広いデザインに対応できますよということが少しはわかってもらえたのかもしれません。それから、多くの仕事をいただけるようになりました。それがbookwallの始まりです。

後編はコチラ

代表 松 昭教
株式会社ブックウォール代表取締役。京都精華大学ビジュアルコミュニケーション学科卒業。松井桂三主宰のデザイン事務所などを経て、独立。 2009年株式会社ブックウォールを設立。多くの人々に本を読んでもらえるような、楽しい装丁を手がけていきたいです。ちなみに鹿が好き。