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0からの出版社

ー 退職を決意されてからは、どんなご準備をされていたんですか?0から出版社を立ち上げ
る用意として。

安永さん:それがまったく!(笑)。前職時代に、なにも種まきをすることなく辞めてしまったんですよね。右も左もわからぬまま、下地もないままに、突然はじめるような格好になってしまったので、まずは著者を探すところからのスタートでした。1年かかって、ようやく1冊目が出せたときは、心底ほっとしましたね。「(本を)出す出す詐欺」と言われても仕方がない状況でしたから。あのときが、いちばん焦っていたと思います。苦しかったですね。

ー その状況で、前職の名刺を失われる不安は大きかったですよね。

安永さん:ところが、わたしは何も準備もしていないくせに「小さい書房」という名前だけは心に決めてたんですよ。だから、テレビ局を辞めた日からもう「小さい書房の安永」だったんです(笑)。「小さい」という言葉が、まず頭の中にありました。「大きい」ところで働く醍醐味は、それまでにたくさん味あわせてもらってたので。今度は、あそこまで社会的に影響力があるような「大きい」仕事はできないかもしれないけど、逆に「小さい」からこそできることがあると思っていましたし。そんなことを横断歩道を歩いてるときに考えながら、「よし、“小さい書房”にしよう」と決めてしまった。それが唯一の「はじめる前の準備」だったんじゃないですかね。

全国に届ける、が叶う喜び

※『歩くはやさで』印刷立ち会い時に撮影
 

ー 右も左も…というスタートは、想像を超えるご苦労があったことと思います。

安永さん:とにかく、何もわからなかったですね!(笑)。印刷と製本はもちろん、出版取次(出版社と書店をつなぐ流通を担う)だとか、すべてがわたしにとっては未知の世界で。

ー そういった知識やお仕事の環境は、どうやって得られていかれたんですか?

安永さん:「無知の力」っていうのは、結構偉大なものでした(笑)。規模が小さいですから、「全国の流通は無理かもしれない」と思いつつも、当時はそれがどれほど深刻なことなのかもあまり実感として湧いていなかったんです。「夏葉社」さんという、同じようにお一人で出版社をされている方に話を聞きに行ったときに、出版取次会社のJRC(株式会社)のことを初めて聞きました。調べてみると、小さい規模の出版社のホームページにいくつかJRCの名前があった。「これは!」とすぐにJRCに行って、本の流通をお願いしたんです。なにも知らないからこそ、どんどん踏み込めたところがあって。

ー 行動して掴まれていったんですね。

安永さん:口幅ったいんですけど、大手の出版社と小さい書房の流通になにか違いがあるかというと、そこは変わらないんですよね。もちろん、宣伝展開の規模や、たくさんの差はあるんですけど、「全国の書店で買える」という大きな原則は変わらない。これは、わたしにとってものすごくおもしろいことです。どんなに小さくても、大きくても、そこはフェアなんですよね。本を全国に届けることはできるんです。小さくても同じ土俵に立てる、そういう世界だと感じたんです。

ー 大手出版社と同じように「全国の書店に」というのは、たしかに夢がありますね。全国
に届ける、その本作りが本当の勝負、ということですね。

安永さん:そうなんです。たとえば著者にしても、仮にみなさんが追いかけている有名な方に「書いてください」とお願いできたとしても、それは編集者が並ぶ列の最後尾につくだけです。うちは宣伝展開では大手の比にならないし、何十万部も売ろうとする本なら大手の出版社から出したほうが絶対いい(笑)。せっかく「小さい書房」という名前をつけたことですし、小さいことをたのしもう、小さいことをおもしろがろう、と思うんですよね。

ー 独自の企画で、丁寧に作り上げていくようなことですね。

安永さん:わたしは、企画は自分からご提案させてもらうようにしています。「なんでもいいから書いて」というような、お名前を借りるような依頼は失礼じゃないか、という気持ちがありますし、「絶対に何万部も売ってみせる」という力のある出版社でもないので。「こういう物語を一緒に作ってもらえませんか?」という企画書をA41枚で用意します。もし関心頂けない場合は、最初の段階で断っていただくためにも、提案内容は明確にして持っていきますね。

ー そういった依頼方法は、あまり一般的ではないんですね。

安永さん:あるとは思いますが、作家さんから意外とめずらしいと言われたことはあります。作家の方から出てくるものを、編集者が受け止めて、良いものにしていく、というパターンが多いと思うんですけど、作家の方と「作品を一緒に作っていく」という工程を、わたしは大事にしたいんです。子ども向けの絵本を描いている作家さんに大人向けの絵本をお願いするとか、作家さんにとっても新しい試みを提案したいと思っています。

ー著者の方が、まず一緒におもしろがってくれることが大切ですね。

安永さん:はい。「二番目の悪者(発売:2014年11月)」は、3月には5刷累計1万3000部になります。宣伝や大きな仕掛けができない分、逆に「本の持つ力」が伝わってくるんですよ。新聞広告をいくら打ったとか、インフルエンサーがすすめてくれたとかが全くないところで、口コミ中心に広がっていく。めぐりめぐって、いろんな方がすすめてくださっていることに感謝です。

ー 本の地の力を試すことができてるんですね。

安永さん:そうそう、それが本当におもしろい。100,000部・200,000部という数字は狙えなくても、10,000部越えを目標に、なるべくいろんなところに届くように、地道に伝えていきたいです。

ー企画から一緒につくられてる分、喜びもひとしおですよね。

安永さん:はい(笑)、うれしいですよ。

大切なのは、「自分の中にあるもの」

ー テレビ局にいらっしゃった時代と、仕事のたのしさはまったく違うものですか?

安永さん:これがね、あんまり変わんないんです(笑)。仕事として似ているところもあると思いますし。

ー その共通点はなんですか?

安永さん:わたしは、育児休暇中に100冊ぐらい絵本を読みました。それまで、絵本は子どもだけのものだと思っていたんですけど、海外の絵本ですごく深いものがあったりして開眼したんですよね。その経験が、「小さい書房」の旗じるしを「絵本」にしたとばかり思ってたんですけれど、あるとき「青のない国(発売:2014年4月)」の著者の風木一人さんが言ってくださったんですよ。「絵本とテレビって似てますよね」って。たしかに考えてみると、映像とナレーションからなる「テレビメディア」と、絵とテキストで作る「絵本」というのは考え方が似ていて。

ー 間合いや切り取り方、とか。

安永さん:そう、「ここで一拍置きたい」だとか「ページをめくりたい」だとか。そういう緩急のつけ方や構成の仕方が似ているし、自分でも違和感がないんですよね。それに、絵本は「物語」ではありますけど、まったく別世界を取り上げてるつもりはないんです。

ー たしかに。拝見すると、どれも自分自身や世の中に問うようなテーマですね。

安永さん:「考えるきっかけになる一冊」というコンセプトでやっていることもあって、自分自身に引き寄せて考える物語を本という形にしたいと思っています。なので、今まで見てきた社会と、物語の世界って、決して別世界の話ではないんです。

ー 共通点がたくさんあるんですね。

安永さん:そうですね。テレビの仕事をやめるときこそ逡巡したところもあったんですけど、本づくりを仕事にしても、共通点は多い。アウトプットの形に違いはあれど、実は仕事って「その仕事との向き合い方」が本当は大半を占めるんじゃないかと思うようになりました。

ー 向き合い方。

安永さん:考えてみると、作品のテーマを考えるときも、結局は過去の自分に向き合う作業なんです。「これって、おかしいな」と感じたこととか、「素晴らしいなあ」って胸打たれたこととか。自分の考えの中にまったく無いものを、無理やりどこかから持って来るんじゃあ、空々しくてうまくいかない。そう考えると、以前があるからこそ、今がある、というか。経験すべて活きている気はしています。

ー 自分の中にあるものしか出せない…、本当にそうかもしれません。どんな仕事もベース
になる資源は同じなんですね。

安永さん:そう思いますね。今「本は売れない、難しい」と言われている時代ですけど、わたしは良い時代を知らないですし、そんな中でどう届けるか、と自分自身で考えるのはやりがいがあります。きっと、自分が仮に「何屋さん」になっても、おもしろがってやってるんじゃないかと思いますね(笑)。本当に変わらないんですよね、笑っちゃうくらい。

 

安永則子(やすながのりこ)
1971年生まれ。長崎や福岡で幼少時代を過ごし18歳で上京。                    
東京外国語大学卒業。TBSテレビ入社。主に報道畑を歩む。
17年間勤めて退社し、ひとり出版社「小さい書房」を設立。
好きなことばは「実験」。立ったまま寝たことがある。
HP:小さい書房

執筆:中前結花
ライター、エッセイスト。ものづくりに関わる、人や現場を取材するインタビュー記事と、これまでの人生や暮らしの「ちょっとしたこと」を振り返るエッセイを中心に執筆。兵庫県うまれ。